人身事故被害者の立証責任

自賠法第3条

【自賠法第3条】

自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。

ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと並びに自動車の構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを証明したときは、この限りでない。

 

解説

本条は、自動車事故による損害賠償責任に関し、民法第709条及び第715条の特則を定めたもの(東京地判昭34・3・24)で、本制度の中核をなす重要な規定である。まず、その本文において、自動車の人身事故の損害賠償責任は、無過失責任主義によるということを宣明し、ただし書において、自動車側に故意・過失の挙証責任を転換させつつ、例外的にその免責を認めている。

従来、民法において不法行為が成立するためには、行為者の責に帰すべき主観的要件(故意・過失の存在)と権利侵害又は法規違反の事実すなわち客観的要件の2つをともに備えなければならなかった。しかし、本法では、この2つのうち、主観的要件を除外し客観的要件のみを満たせば賠償責任が発生することとした。
(以上、「逐条解説 自動車損害賠償保障法」P57より)


 
自賠法上、事故被害者は加害者(運転者)の故意・過失の立証責任からは解放され、それは運行供用者に転換されたけれども、「客観的要件」の立証責任はまだ残されている。では、「客観的要件」の立証責任の具体的内容は何だろうか。

人身事故被害者の立証責任

自賠法3条に基づき被害者が運行供用者に損害賠償請求する場合の請求原因について、

被害者をX、運行供用者をY、加害車を甲と表記する。

①当該事故につき、Yが甲の運行供用者であること
②甲が運行の用に供されたこと
③Xに生じた人身損害(およびその金額)
④甲の運行と③の損害との間に因果関係が存在すること
⑤Xが自賠法3条の「他人」であること

(以上、「債権各論Ⅱ」潮見佳男著より)

後遺障害認定にあてはめてみると

この事実を「後遺障害認定」分野に適用してみると、③の後遺障害の内容や程度だけでなくて、④の事故との因果関係も被害者が立証しなければいけないことになる。

以上が、被害者が立証しなければならない事実である。そんなことはお前のような法律の専門家でもない無資格者に指摘されるまでもなくわかっていると怒られるかもしれないが、交通事故専門家と称する方のサイトで、運行供用者に立証責任が転換されるの一言から、なんでも立証責任が転換されるのだと勘違いされているらしき方がいた。すなわち、④の事故との因果関係の立証も加害者に転換されるのだとサイトで書いていたからである。他人の間違えたところは自分も間違いやすいと思ったので、メモとして注意的に記事にしたまでである。

こんなことは、民法の本を読まなくても、後遺障害の確認のための医師面談で必ず確認しなければならない事項のひとつ―――事故と受傷との因果関係―――なのだから、そこで気づけよとも思ったけれども。

(追記)
ここしばらくは過失割合に関する記事と保険に関する記事をメインに記事を書いていきたい。理由はどちらもアクセス数が稼げるからである。本当は後遺障害に関する記事出しがしたいのだが、どんなにがんばっても検索上位は難しいように思う。だったら、上記ふたつになるべく集中して、あるていどアクセスされるサイトをまずは目指したいと思う。間口を広げて、それをきっかけに後遺障害に関する記事を読んでいただく作戦である。

自賠法についてはこれまでまじめに勉強したことがなかったので、これはいい機会だと思う。

コメント

    • こたろう
    • 2016年 8月 07日

    たびたびアクセスしすみません。
    初回投稿にも医師のコメントがあってネット公表は相応しくないですね。閉じて頂いたら幸いです。
    どうもリアルタイムの御相談というのは支障がありすぎるのかもしれません。
    ①概要を記して相談
    ②管理者さんの判断で公開相談継続か、非公開のメール相談へ誘導
    ③総てが済んでから、事故の要約と調査部門の出番はココでした、、との感じに公開
    こんな感じでしょうか。
    御迷惑おかけしますが一旦非公開にさせて下さい。

      • ホームズ事務所
      • 2016年 8月 08日

      こたろうさんへ。あなたの希望通りにしましたが、初回の投稿まで削除する必要があるでしょうか。損保の人身担当者はたくさんの案件をかかえており、ふつう、固有名詞などが出てきて、かなり特定されており、なおかつ、あなたの投稿を偶然に見た場合に気づくかもしれないというものです。しかし、初回の投稿はその特定性がまったくなく、ごくありふれた案件にすぎません。

      当コメント欄については、今回の件で改良の余地があると痛感いたしました。すなわち、初回は承認制になっているものの、次回からは承認の必要がないため個人が特定されるような情報を書き込まれるとそのまま公けになってしまうからです。それで、いちど承認したものについては以後承認を要せずになっていた設定をあらため、次回以降もすべてぼくの承認がなければ公開されないことにしました。これで特定性への歯止めになるかと思います。

      もうひとつ重要なことですが、この投稿でのやりとりは、交通事故被害者にとって有益な情報になりえるものです。このやり取りを通して、当事務所がどういうアドバイスをするのか。それを知りたい事故被害者もいると思われるからです。したがって、できるだけ最大限公開したいというのがこちらの希望なのです。

      最大限は無理だとしても、初回まで非公開にしてしまうと、どういうことで相談されたのかさえさっぱりわからなくなってしまいます。

      >②管理者さんの判断で公開相談継続か、非公開のメール相談へ誘導

      ぼくとしては、こたろうさんのコメントをこのまま載せていくと、特定される情報がいくつも集まってくるため、そろそろ非公開にしたほうがいいと判断し、前回コメントをいれました。2回目の投稿はこたろうさんのおっしゃるとおり、非公開のほうがいいかもしれない。しかし、初回の投稿で特定されることはまったくないと思います。

      それまでまったくなかった相談が、ここ最近になって5つも集中しており、うれしい悲鳴です。相談されることなどよもやないだろうとあきらめていたというか、月に1件もあればいいくらいに考えていたぼくの用意不足ということがありました。投稿者が安心できるようにコメント欄やメッセージ欄を改良しないといけないと思っております。いずれにしろ、今回はこたろうさんの要望どおりすべて非公開にします。

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当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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