ムカデにびっくりして、痛みを知る

ムカデにびっくりして

痛みを知る (いのちの科学を語る)/東方出版

私の部屋はまるでゴミ屋敷みたいである。ゴミもあるにはあるが、ゴミよりも本のほうがずうと多い。本で部屋が埋め尽くされていて、足の置き場がないくらいだ。本当は整理すればいいのだけれど、整理して本を積み上げてしまうと、部屋の局所にその重さが集中してしまい、床が抜け落ちるかもしれない。それで、本の整理はやめることにして、ただあっちこっちに放り出してある。

先日、その部屋で寝ていたら、太ももの下になんかがいて、ムズムズする。直感的にムカデではと思ったので、飛び上がったらやはり大きめのムカデで、飛び上がったあとの着地点が本の山だったため、本の角に腹部をしこたま打ち付けて、横っ腹に5センチほどケガをし出血してしまった。

その本の山から見つけたのが「痛みを知る」という題名の本だった。昔買ったままでまだ読んでいなかったが、腹部がズキズキ痛むこともあって、「痛みを知る」をようやく読む気になった。

痛みはどうして起こるのか

交通事故で怪我をする。たとえば骨折したとしよう。半年たっても痛みが治まらず継続したとしよう。後遺障害申請である。ところが、法律上の根拠もないのに、自賠責実務では、後遺障害に認定されるための他覚的所見を要求する。骨折なら画像所見だけでなく、それにプラスして、関節内の不整があるとか、癒合不全があるとかが要求される。逆に、不整とか癒合不全とかがなくても、痛みのためひどく苦しんでいる事故被害者を私はこの目でたくさん見てきた。しかし、他覚的所見がないために、後遺障害認定が却下されることがほとんどだ。

無症候性ヘルニアの存在

たとえばまた、椎間板ヘルニアについてはどうだろうか。椎間板ヘルニアとは椎骨と椎骨の間にある椎間板が突出し、それが神経を圧迫する傷病のことである。その結果、痛みやしびれが発生すると言われている。だから、痛みやしびれなどの自覚症状と、自覚症状に一致した他覚的所見である画像上でのヘルニア「突出」所見があることが後遺障害の認定基準になっている。「腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン」という本をみると、

腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン策定委員会提唱の診断基準(P1)では、

1 腰・下肢痛を有する(主に片側,ないしは片側優位)
2 安静時にも症状を有する
3 SLRテストは70°以下陽性(ただし高齢者では絶対条件ではない)
4 MRlなど画像所見で椎間板の突出がみられ,脊柱管狭窄所見を合併していない
5 症状と画像所見とが一致する

 

となっている。

腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン/南江堂

椎間板が突出し、それが神経を圧迫して痛みや神経症状を呈するということなのだから、理屈の上では、その突出部分を取り除けばそれらの症状も消失するだろうということになる。そのための摘出手術になることも多い。しかし、不思議なことに、突出所見があるにもかかわらず症状のないケース、いわゆる無症候性ヘルニアが存在することはよく知られている。先のガイドラインでも「腰痛や下肢痛の既往がまったくない67人を対象としたコホート研究では、MRI上60歳未満の20%、60歳以上の36%に無症候性のヘルニアの所見を認めた」(P47)とあった。

にもかかわらず、某後遺障害専門家は、画像所見があると症状も必ずあるなどとネットで書いていた。コメントしようかとも思ったが、過去にそういうことをやったことがあって、たいていはよけいなお世話だった。立派な資格の持ち主ほど自分の間違いを認めたがらないのだ。逆に恨まれでもしたら大変である。だからそういうときは、私も懲りたので大人の対応をすることにしている。そのままほったらかしにしておくってことだ(当サイトは子供の対応でかまいません。すなわち間違いの指摘・批判は大歓迎です)。

後遺障害認定実務への疑問

さて、質問だ。骨折で、不整とか癒合不全とかがあるとどうして痛みが永続するといえるのか。また、椎間板ヘルニアで、椎間板が突出し、それが神経を圧迫していると、どうして痛みや神経症状を呈するといえるのか。いや、そういう所見がなかったら、現に、痛みの症状で苦しんでいるにもかかわらず、どうして救われないのか。私にはわからんことばかりだ。

この本はそのなぞ解きをしてくれる本だ―――と言ったらいいすぎだが、痛みについての解明で別の視点を与えてくれる良書である。なお、著者の熊澤孝朗は痛みについての第一人者で、その代表作である「ペイン臨床痛み学テキスト」の一部を、googleのブックスで読むことができる。

ムカデはどこにいったんだか・・・

最後になったが、ムカデは逃げ足が速く、どこに隠れたのか見つからなかった。というか、探すのをすぐにあきらめた。年に数回、ムカデは雨が降った日の夜なんかに部屋内に出没する。見た目はともかく、実際はおとなしい性質なので、こっちがちょっかいをしないかぎりかまれることはないらしい。現に、私はかまれたことがない。が、かまれると腫れあがって相当に痛いらしい。

最近読んだほかの本

日本社会で生きるということ

エルサレムのアイヒマン

エスキモーの歌

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください