交通事故での警察出頭、実況見分時の立会いのための交通費は請求できるか

旅行中の交通費

交通事故でよくもめるケースのひとつなんだけれども、たとえば旅行中に交通事故にあってしまった。その場合、車がつかえなくなって、旅行途中で電車とかタクシーとかの交通機関を利用して帰るということがよくある。あるいは、修理に出していた車をとりに修理工場に赴く場合に交通機関を利用した。

こういう場合の交通費は、事故との因果関係のあるものの費用として損保も支払いの対象にしている。ただし、タクシーであまりにも高額になるようだと、公共交通機関の料金しか払ってもらえない可能性もあるので注意したほうがいい。

ホテルのキャンセル料

しかし、旅行中でなくて、交通事故にあったためにケガをし、予定していた旅行に行けなくなった場合はどうだろうか。この場合は損保はたいていのばあい損害の対象とみなさないという初期対応をしてくることが多い。そういうのは特別損害だから・・・とかいって、因果の関係が希薄とかなんとか言い出して、支払いを拒絶する。でも、旅行日当日や数日前の事故だと宿泊先のキャンセル料を支払わないといけなくなる。そういうものについては、交渉し、キャンセル料が生じたことを立証することで損保も支払いに応じる。では、受傷した本人ではなく、家族旅行を計画していた場合の家族の分はどうだろうか。

家族分の請求はできるか

「注解 交通損害賠償算定基準 上」(P116)によると、

交通事故により予定していた旅行をとりやめたことによる、キャンセル料も損害賠償として認められる。夫婦での旅行や家族旅行を計画していた場合などに、直接受傷した本人以外の分もキャンセル料として認められるかは問題であるが、受傷の程度、被害者との身分関係、生活関係、看護の必要性の程度、旅行の性質、行き先、期間、キャンセル料の多寡を総合的に判断し、通常人がそのような状況におかれた場合に、その者が、そのようなキャンセル料を支払ってでも旅行をとりやめ、被害者の付き添い等をすることが無理からぬとされるかどうかで決められる(赤本)。したがって、夫婦や同居の親子などが入院を要するような傷害を受けた場合には、夫婦や家族旅行を中止するのは世間一般常識にかなうものといえるので、夫婦または家族全員の分についてのキャンセル料が損害賠償として認められると考えてよい。

事故対応にスイートルームが必要か

では、交通事故にあったために、警察署に出向き、あるいは実況見分に立ち会った場合の費用についてはどうだろうか。この種の請求はけっこうある。普通にできると考えている人も多い。ぼくの調査したものの中にこんなすごいのがあった。

従業員の起した事故で、事故対応のために、ある会社の社長さんが警察へ行き、病院へ行きなどして、遠方だったのでホテルにも宿泊した。それも事故処理に3日間を要したと言ってきた。それらの費用(ガソリン代と宿泊費と「社長時給」換算分)の3日分の請求をしてきたのだ。

宿泊先も高級ホテルのスイートルームだった。社長だから一般人が泊まるようなところはダメなのだそうだ。それだけでもすごいのに、まだ足りないやとでも思ったのか、さらに交通事故対策のために事故係と相談した時間分も、「社長時給」で計算して請求してきたのである。厚かましいやつだった。ぼくなら時給1000円ですみそうだが、社長ともなるとやっぱりエラいんだなあ。時給2万円である。「ぼくが抜けると会社が回らないんだ」そうだ。それはあんたの勘違い、あんたがいないほうが会社は回りそうだと、思ったけれど、口にはしなかった。1日について10万円くらいの請求だったように記憶する。

警察出頭は市民の義務である

こういうのは請求するのは勝手だが、鼻で笑われて、通りっこない。理由は、警察関連については捜査に協力するのはいわば市民の努め・義務だからである。義務を果たしただけなので、その費用は請求できないという理屈である。だから、そういう理由で、宿泊したとしてもダメってことになる。もちろん、事故対応で必要なため宿泊することもありえるだろう。が、高級ホテルのスイートルームでなければならないという理由がない。遊びに来ているわけじゃないんだから、この社長何考えているんだと一蹴した。

また、事故係と対策を練って要した時間分の費用を請求しても当然通らない。こんなことまで請求するのは、「風が吹いたから桶屋が儲かった」式の、この際、とにかくなんでも請求してみようというやつである。そもそも企業というのは、業務中に従業員がやった不始末については企業が責任をもって対応しないといけないのだから、そういう意味でもまったくダメである。

過失ゼロなら警察へ出向いた交通費は出してもいいような・・・

ただ、ここからはぼくの個人的意見なんだけれども、過失ゼロの被害者になった場合についての警察署への出頭とか実況見分の立会いとかに要した妥当な交通費については、請求してもよさそうに思えるだ。相手の100%の過失で事故にあったわけだから、こちらには非は何もない。だから、相手に請求できてよさそうに思うのだけれども。
 

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


事務所所在地・連絡先

ホームズ調査事務所:
石川県加賀市
電話番号:090-1314-0234

電話・メールをされる前に、「お問い合わせ」欄を読んでくださいね。なお、メールについてはお返事に時間を要することもあるし、内容によっては、たとえば記事に書いてあることの再確認とか、あまり深刻とは思えないものについてはお返事しないこともありえます。電話ならその点確実です。

当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

【当サイトご利用上の注意】

当サイト内の情報を利用したことにより何らかの損害が発生しても、一切責任を負いません。自己責任でお願いいたします。また、記事を書いた後に、法律が変わったりするなど、現状を反映していないことがあります。その後の改正等についてはフォローしていくつもりですが、ご注意ください。

著作権にかかわることですが、当サイトの記事をコピーされる方が後を絶たない。公開した記事なので、コピーしていただくのはまったくかまわない。ただし、判例文のコピーによる引用は別にして、それ以外の文章の引用については、引用元を示したうえで、どこからどこまで引用したかも明示してください。

なお、当サイトは中国語でも対応可能である。電話でもいいし、メッセージでもよろしい。

本现场可以用汉语对应、如过在日本有遇到交通事故的无论是中国人还是台湾人、请随时商量、商量的时候、请在网上「留言」。

おすすめ記事

アーカイブ

カテゴリー

Count per Day

  • 345現在の記事:
  • 838211総閲覧数:
  • 163今日の閲覧数:
  • 1521昨日の閲覧数:
  • 10893先週の閲覧数:
  • 31406月別閲覧数:
  • 575958総訪問者数:
  • 106今日の訪問者数:
  • 1013昨日の訪問者数:
  • 7110先週の訪問者数:
  • 20329月別訪問者数:
  • 1,001一日あたりの訪問者数:
  • 1現在オンライン中の人数:
  • 2016年5月2日カウント開始日:

ピックアップ記事

2016.5.4

てんかんと自動車保険

三ノ宮暴走、覚えていない。頭の手術も。 日本テレビ系(NNN) 5月4日(水)5時25分配信 3日午前、兵庫・神戸市のJR三ノ宮駅前で車…

ページ上部へ戻る