バス転倒事故と裁判例

【ロンドンの2階建てバスが横転の危険性がないことを証明する実験の写真。何かトリックがありそうな写真だが、仮にバスが横転しなかったとしても、車内の乗客が転倒すること間違いなしだろう】

高校生だったころ、バスの扉がいきなり閉まったため弾き飛ばされたことがある


【たしか、こんな感じのバスだった】
 
私が高校生だったころ、通学に市営のワンマンバスを利用していた。あるとき、下車の際に、扉がいきなり閉まったため、挟まれたというか、扉の閉まり方があまりに強烈だったため、弾き飛ばされた。そのとき、頭と肩を強打した。ケガはしなかったものの、あんまりの仕打ちだったので、バスの運転手に抗議したことがあった。そのとき、バスの運転手は謝罪をしないどころか、せせら笑っていたように見えた。私がもしあのときケガをしていたら、運転手の扉開閉行為は、不法行為なのか、あるいは債務不履行なのか。それともどちらも構成可能で、いわゆる「請求権の競合」になるのだろうか。

請求権の競合

同一の事実に対して、目的を同じくする2個以上の請求権が併合すること。判例は、好きなほうを選べるとしている。

加害者に対する責任追及のやり方

交通事故で加害者に対して責任追及するやり方としては、ふたつの方法が考えられる。一般的には第三者の不法行為を原因とする責任追及、すなわち損害賠償請求だが、ときに、運送契約からの責任追及が可能な場合がある。たとえばバスやタクシーに載っている乗客の場合である。乗客は、バスやタクシーを使って目的地まで安全に運送してもらえる権利がある。バスやタクシーには目的地まで安全に運行すべき「善管注意義務」がある。その目的が達せられなければ(債務不履行)、損害賠償の請求が可能になる。

ふたつの責任追及発生の根拠の違いは、事故前に(運送)契約をしているかどうかである。契約と言っても、契約書を交わす必要はない。専門的なむずかしい話は私には苦手だが、たとえば、客がタクシーに乗り込んで、行き先を告げ、タクシーの運転者が承諾すれば契約は成立する。

不法行為と債務不履行の違い

不法行為による損害賠償請求と債務不履行によるそれとの違いについては、以下の表にまとめた。

 不法行為債務不履行
過失の立証責任被害者(債権者)債務不履行者(債務者)
損害賠償の範囲416条
賠償方法原則金銭賠償(722条1項)417条
加害者からの相殺不可(相殺契約はOK)
過失相殺任意的(722条2項)必要的(418条)
過失相殺による加害者の責任免除不可(722条2項)可(418条)
加害者が履行遅滞になる時期不法行為時被害者の請求時
消滅時効の起算点被害者が加害者と損害を知った時本来の債務の履行を請求できる時
消滅時効期間加害者および損害を知ってから3年。あるいは、不法行為時から20年10年
(注)なお、人身事故については、自賠法で加害者側に立証責任が転換されている。

過失の立証責任が債権者にあるのと債務者にあるのとで、どう違うのか

この中で特に問題になるのが「過失の立証責任」についてである。不法行為なら債権者が立証を負担するのに対して、債務不履行なら債務者が立証の負担をするため、大きく違ってくるように思えるからである。しかし、内田貴はその著書で、以下の問いを設けて、その違いがあまりないことを書いている。

すなわち、

男性Aが胸の痛みを訴えて来院したので、医師Yは労働による筋肉痛と診断して、痛み止めの注射をしたところ、Aはショック死した。原因は特異体質であった。Aの遺族Xが損害賠償請求訴訟を提起したいと考えているが、債務不履行と不法行為のいずれの法律構成を採用するかで、立証の負担に違いは生ずるのだろうか。

 
こういう問いを設定して、以下のように答えている。

債務不履行構成では帰責事由(がないこと)の立証責任は被告(加害者)にあるが、債務不履行があったとの事実は原告が主張・立証する必要がある。では、死亡したことが債務不履行だといえるだろうか。

医療契約は多くの場合行為債務(引用者注:引渡債務に対する概念で、物の引渡し以外の行為を内容とする債務)であるから、債務の本旨に従った履行とは、病気を完治させることではない。すなわち、どんな治療もやってみなければ分からないという試験的要素を否定できず、死亡したから不完全履行だとはいえないのである。

とすると、委任契約の善管注意義務(644条)を果たさなかったことが不完全履行の内容となる。この事例の場合には、特異体質の検査をすべきであったのに怠ったことであろう。しかし、この点に関する原告の立証活動は、不法行為訴訟における過失の立証と変わらない。換言すれば、原告がこの点の立証に成功すれば、帰責事由の有無は改めて問題とはならないのである。このように、一概に契約責任構成が過失の立証の点有利だとはいえない。まして、不法行為訴訟においても、一定の場合には過失の推定がなされるから、なおさらその差は微妙である。

また、時効の点も、起算点の操作により不都合を実質上回避できる。

このように考えると、契約責任と構成することが不法行為と構成するよりも原告に有利であるとは、必ずしもいえないことが分かる。(P328)

バス転倒事故に関する裁判例

札幌高裁 昭和57年2月25日判決
閉まりかけているバスの扉に左足をかけて無理に乗り込もうとした乗客が足をドアに挟まれ受傷した事故。乗客に40%の過失相殺を認めた。

 

東京地裁 昭和61年9月25日判決
足を負傷していた被害者が、バスから下車してすぐ歩き始めた歩道から車道に転倒したところを、発進直後のバスに轢過されて死亡した事故。歩道幅は1.2mで車道より0.2m高。被害者に70%の過失相殺を認めた。

 

京都地裁 平成元年9月6日判決
ワンマンバスが停留所の標柱から約1m離れた場所に停車したため、バスから下車した乗客が、前方から、バスと停留所の標柱との間を走行してきた自転車に衝突された事故。被害者の乗客Aは、バス運転者の使用者Bに対して、自賠法の運行供用者責任および民法715条の使用者責任さらに商法の運送契約上の責任に基づく損害賠償請求を、自転車を運転していた小学6年生の両親XYに対しては民法714条の責任無能力者の監督義務者の責任に基づき損害賠償請求をした。裁判所は、その責任割合を0対20対80とした。

 

東京地裁 平成4年2月13日判決
被害者(女・72歳)がバスに乗車し、運転席左後方に保護棒に体を添えたところ、運転者がバスを発進させたためバランスを失い転倒し受傷した事故。当該事故につき、バスの乗客にはバスの円滑迅速な運行に配慮し、できるだけ速やかに着席するか、吊革・保護棒につかまる等してバスの発進や揺れに伴う危険から自らを守るための努力をすべき義務があるとして、その義務を十分に尽くさなかった被害者に、30%の過失相殺を認めた。

 

大阪地裁 平成8年11月18日判決
市営バスが交差点を通過できずに、急ブレーキをかけて停車したため、立っていた乗客(男・55歳)が急停車などの衝撃により転倒・受傷した事故。他の乗客との比較や被害者の体力などの事情を考慮して、手すりを持っていれば防げたとして、乗客に30%の過失相殺を認めた。

 

名古屋地裁平成16年12月8日判決
バスが急停車したため、横向き座席に座っていた被害者が座席から放り出されて転倒、受傷した事故。被害者は座席に自然な体勢で腰掛け、膝掛けを軽くつかんでいたこと、急停止によって他の乗客も転倒したことなどから、被害者の過失相殺を否定した。

 

大阪地裁平成22年6月21日判決
乗客も、乗り合いバスに乗車するにあたり、たとえば発進することが予想される状況においては、可能な限り速やかに手摺りを持ち、または空席に着席するなどして、バスの発進による揺れ等から自らを守る努力をすることも必要である」との被告の主張に対して、的確な証拠がなく、原告への過失割合はないと認定した。

 

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