センターラインをオーバーしたのはどっちだ

【出典:Pakistan’s female biker】

先日あった相談

先日あった相談である。相談者は簡裁で争ったが負けてしまったという。事案は、カーブ路上での対向車同士の接触事故だった。どちらかのセンターラインオーバーが原因である。どっちか。

軽微な物損事故で、決定的証拠らしきものもなし

現場の写真等、裁判記録も含めて見せていただいた。物損事故なので、証拠といっても事故証明書と物件報告書しかなかった。他にあるのは、調査会社による相手の事故状況説明書くらいしかなかった。目撃者もおらず、道路上の痕跡もなく、どちらがセンターラインをオーバーしたのかわかりづらい事案であった。

さて、事故証明書をみてみると、相談者は乙に記載されている。委任した弁護士の説明では、過失の小さいほうが乙に必ずなるわけではないと相談者に説明していたそうだ。物件報告書の現場図にある衝突地点は、センターライン付近に衝突地点をしめす「×」が記載されていたが、相談者側の車線上であった。これについても、物件報告書にかかれた「×」はあくまで参考程度で、センターライン付近なので決めてにかけるのだそうだ。では、発生場所について弁護士は何か主張されていましたかとぼくは質問した。いいや、なんにも。

交通事故証明書の見方・「発生場所」について

事故証明書の「発生場所」はどこで衝突したのかその衝突地点に基づき記載する。道路には地番がないらしく、そのため一番近くの土地の地番を書くことにしている。ところで、この事故証明書では「〇〇県〇〇市○○町甲3番地先」になっている。下の図をみてほしい。「甲3」は、相談者側(A)の車線に最も近い。つまり、相手がセンターラインをオーバーして、相談者側の車線に進入したことを示す。もしも、相談者がセンターラインをオーバーして相手車線に進入し衝突したのなら、発生場所は「乙2先」になるはずだ。

厳格に区別されている事故証明書の「甲」「乙」

ネット検索すると、過失が大きい方が甲、小さい方が乙に―――とは必ずしもならないなどと説明しているものが多い。そうかなあ。ぼくと相棒でこれまでに行った事故調査は5000件を下らない。事故証明書も、何百どころか、何千とみてきた。たしかに、うっかりして甲にすべきところを乙にしている例もなかったわけではなかった。

調査員:この事故証明ではこちらが甲になっているが、どうしてですか。
担当官:事故証明書に書いてある通り、「甲乙は過失の大小とは関係ない」とあるでしょ。
調査員:そんな子供だましは言いっこ無しですよ。事故証明書の甲乙の記載について、警察は厳格に区別して入れていますよ。テキトウにとか、気分でいれているわけじゃないですよ。
担当官:わかった。甲乙を逆にいれていた。書き直してもいい。(実話)

 
というくらいに、甲乙を厳格に区別しているのが警察実務である。詳しいことは「交通事故証明書の甲・乙の見方」で書いた。

警察の判断について推測する

この案件については、事故証明書が乙だったこと、発生場所が相談者側の車線に最も近い地番になっていたこと、物件報告書でもセンターライン付近とはいえ、明らかに相談者側の車線上だったことから、事故直後に臨場した警察官は、相手側のセンターラインオーバ―事故だったと判断していたことが読み取れる。

一つ一つの主張だけでは決めてに欠けるが、この3つをセットにして裁判で主張していれば、負けることはなかったのではないだろうか。

簡裁事案で注意すること

この相談は簡裁事案だったので、一つ注意したいことがある。簡易裁判所の裁判官について弁護士なら知っていることなのだが、ネットではあまり知られていないことがある。簡裁の裁判官は書記官あがりだということである。

簡易裁判所では、書記官が一定の年数以上勤務した者について試験を受けて選抜し、そこから裁判官に昇進する制度があるらしい。簡裁では少額事件に限定されているので、司法試験に受かっていなくてもいいという判断ならしい。しかし、少額の事件にも難しい事件はあり、事件が、簡裁裁判官の処理能力の限界を越えることはよくある。そのため、簡易裁判所の判決は、無茶苦茶なものがかなりの頻度であり、控訴審でひっくり返ることがおうおうにしてある。本来であれば、裁判官になってはいけないレベルの人たちであり、およそ適正な審理は望めないことが多いようだ。

それが簡裁の審理の特徴なのだから、交通事故証明書の基本的な見方についても知らないことがふつうであり、あるいは知っていても形式的なことしか知らないのではないだろうか。そのような特徴のある簡裁事案で、弁護士が事故証明書の見方を知らないと、今回のような敗訴になってしまうということになるのではないだろうか。

簡裁で本人訴訟を考えておられる方にも、ぜひその点を注意していただきたいと思う。

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突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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【推薦図書】

これまでに購入した中で、特に役に立った図書です。アマゾンから購入可能なものに限定しました。アマゾン以外からの購入図書については、こちらこちらの記事をごらんになっていただきたい。

(事故調査)

1⃣
林洋氏の代表作。定番教科書である。現場調査に欠かせない視点を提供してくれる。

 

2⃣
江守一郎氏の代表作。新版(と言っても1984年)あり。これも定番教科書のひとつと言われている。

(過失割合・賠償の範囲に役立つ本)

 

2⃣
交通事故訴訟をリードする東京地裁民事27部の裁判官が参加している。裁判所の判断の傾向を知るのに有用。

 

3⃣
道交法の定番教科書。

 

4⃣
「信頼の原則」という記事を書いた際に、たいへん参考になった。この本なくして「信頼の原則」の記事の信頼度は無きに等しい。

(保険を知るのに役立つ本)

1⃣
これ一冊あれば、任意保険のたいていのことはわかる。

 

2⃣
自賠法条文の解説書。

(後遺障害を知るのに役立つ本)

後遺障害をやるのだったら、これは必読書である。参考文献の紹介も豊富。

 

8⃣
先に紹介した弁護士本をたぶんに意識した本である。つまり、高野他本に載っていない遷延性意識障害とかPTSDとかを積極的にとりあげている。

(交通心理学に関する本)



類書はたくさんあれど、外国の調査研究が宝庫のように詰まっている。

(特殊分野編)
いいもわるいも特殊分野の本なので、これを見るしかないという本。

1⃣
旧版(第2集)は持っているが、その後の判例の展開を示した新版の第3集あり。全損賠償の決定版。

 

 

 

4⃣
上の3著の著者・海道野守氏が一般向けに書かれた物損請求書。古いが、わかりやすくてすごくいい本である。

 

5⃣
これも休業損害分野の唯一の本。毎年のように改定されている。ここの先生は休業損害だけでなく、実は休車損の調査もやられていたから、休車損の本も書いていただけるとありがたいのだが。

(交通事故を考える上で、最初に読んでおきたい本)

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