軽微な追突事故と頚椎捻挫との因果関係

相談例

1か月前、自車が停止中に後続車に追突されました。その後、首が痛くなり整形外科に通院しています。相手保険会社に治療費について連絡したところ、自車の損傷写真を理由に、損傷らしいものがほとんどなく、因果関係が不明ということで治療費の請求を一切拒否されました。どうしたらいいのでしょうか。

回答

とりあえず、自賠責へ被害者請求をしてください。

事故との因果関係を否定したということは、相談者の気のせいだとか詐病だとかと判断されたということです。こういうときに損保が好んで持ち出すのは閾値論です。わかりやすく言うと、時速15キロ以下の低速度で追突した場合、頚椎捻挫にならないというものです。

代表的閾値論

追突によって3gの加速度が発生しなければどのような着座状態でも「むち打ち症」は生じない(小嶋亨等「賠償医学的鑑定から見た交通事故と傷害との因果関係」・「賠償医学7号」P11)とか、シヴァリーらの実験結果をもとに、時速16キロ未満での追突では受傷しないとする見解(松野正徳)とか。

 
事故車の押込み変形の程度などから、追突車の速度を推定し、時速15キロ以下なら被害者の訴えている頚椎捻挫は賠償心因性あるいは詐病だときめつける手法も閾値論を根拠にするもので、医師面談の際に、下にある資料をぼくはよく持参しました(苦笑)。
 
①【有効衝突速度と車体前面の損傷との関係図】
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(日本自動車研究所研究速報 第42号 昭和51年1月)
 
 
②【前面衝突車両および後面衝突車両におけるバリア衝突換算速度Veと修理部品の関係】
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(「事故解析技法」P119より)
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この理論を根拠に、賠償金の支払いを拒否したり、治療期間の短縮要求に使われたりします。ところが、事故解析共同研究会が実施した実車衝突実験などの結果から、閾値論とはまっこうから反する、以下のような結論が出ているのです。
 

本実験では、これらにつき明確な結論を見出されることとなった。すなわち、車体の平均的加速度が1.1ないし2.1g程度であっても、むち打ち症を発症することが明らかになった。以上のところより、ある一定の重力加速度(g)や一定の衝突速度では受傷しないとする閾値論には、すみやかに終止符が打たれるべきである。


 
これが現在の学問的到達点です。この事故解析共同研究会というのは実を言うと日本損害保険協会の委託により研究を行ったもので、この閾値論は自分のところで行った実験結果さえ無視する暴論だと言っていいでしょう。

事故解析共同研究会について

むち打ち症患者は嘘つきなのか

発足したのが1991年8月、その後3年間にわたって「むち打ち損傷に関する医学的、工学的研究」が行われています。発足当時の頚椎捻挫(むち打ち症)に対する損保の平均的と思われる考え方がどういうものなのか。ぼくのブログで肯定的に引用することが多い自動車工学の第一人者である林洋氏の著書から、むち打ち症に関する文章をご紹介したい。この業界の典型的な考え方がよく現れていると思うからです。

今回取りあげるのは林氏の著書である1994年2月15日初版発行の「自動車事故の科学」の中の「むち打ち症問題」(P144~)という文章です。林氏の文章は参考になることが多いのですが、この文章にはぼくは大いに引っかかるものがありました。
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林氏によれば、低速度むち打ち症患者が諸外国と比較して日本では異常に多いこと、マスコミが騒ぎ出したら急増したことなどを指摘したのち、以下のように述べられています。

低速度むち打ち症患者は、大企業の社員や公務員にはほとんどいないこと、「病気のためとはいえ、腹をこわしたくらいのことでは我慢して出勤する生真面目な日本管理社会のサラリーマンには、争いに発展するような事案のむち打ち症患者はほとんどいないのです」。

さらに

「20歳・30歳代の患者が多い」、「子供のむち打ち症患者は非常に少ない」という傾向があります。20~30代の患者が多いことの理由は、年功序列型日本的雇用形態にあると私はみています。高年齢の人ほど高い地位に就いているから、会社を休むことに対する抵抗が大きいわけです。

次に、子供のむち打ち症患者が少ない理由ですが、これは簡単で、「子供は正直で嘘がつけない」からだと思います。どこにも負傷していない子供を何日も病院のベッドで縛りつけておくことは至難の技ですからね。

日本におけるむち打ち症問題ほど、クルマ社会のモラルの問題を改めて強く感じさせるものはありません。

 
大企業や公務員にはウソつきはいないが、それ以下の人はすぐにウソをつくのでしょうか。ここまで言い切るのは、ふだんは実証的な林氏らしくない文章のようにも思われました。

当時のむち打ち症患者に対するイメージとは、すなわち詐病もしくは賠償心因性の患者だとイメージされていたことがおおよそご理解いただけたかと思います。そうした中で、この研究会が発足した。発足した経緯については、その原動力になった田村医師の以下の文章を読んでいただきたい。
 

閾値論の破綻

 

この講演の内容は、日本賠償医学12:p3、1990に「低速度車両衝突実験とその医学的解析―むち打ち損傷の発症機序再考―」として掲載されており、実験時の運転席の受傷者の状態を高速度カメラで撮影しており、低速度では22例中2例9%になんらかの症状が発症したと結論付けておりました。しかしカメラで撮影された被験者のほとんどはハンドルの下の部分を持ち身構えている姿勢でした。私はあらかじめその論文を読んでおり実験の問題点をフロアーから演者に質問しました。「運転者はハンドルを教習所が指導する10時10分の位置に持つのが正式であり、ハンドルの下を持ち身構えていては円滑なハンドル操作はできない。このハンドルの持ち方は追突されることを予想し防御している姿勢であり不自然である。このようなハンドルを持っている症例は実験の成績から除外すべきであり、正式な実験と認められるのは3例でありその内の2例に発症したのであるから、3例中2例66%に発症したと結論すべきである」と発言しました。この発言に会議場の800名の聴衆に大きなどよめきが起こりました。この指摘に対して演者は反論できず、後日再実験を行うことを約束しました。この論争で低速度むち打ち実験での欺瞞は打ち破られ、低速度追突実験ではむち打ち症にならないとする「閾値理論」の根拠が崩れることになりました。

この論争の結果に大きなショックをうけた日本損害保険協会は委託して同年9月に再度、工学・医学・法学の分野から委員を構成する自己解析共同研究会を結成して低速度むち打ち実験を行いました。内容は、ボランテア72名(男56名、女16名)に衝突実験を行い、低速度では症状が出現しないという推測のもとに行われたのに反して、結果は低速度でも症状が出現することを証明することになりました。この結果、無傷限界値(閾値理論)に終止符が打たれました(検証むち打ち損傷 医・工・法学の総合的研究:ぎょうせい1999より)。これは私が第21回日本脊椎外科学会サテライトシンポジウムで発言したことがきっかけとなり世の中が大きく動いたことを示しています。

むち打ち症 ―我が闘争の記録―
 
その結果、閾値論の総本山であった日本賠償医学会(現・日本賠償科学会)も、
 

「少なくとも現在の工学的問題状況としては、低速度追突事案ではむち打ち症が発症しないという一般的法則性は否定されているといってよい」(「賠償科学概説」P137)


 
として、閾値論が破綻したことを認めざるえなくなりました。

今も大手を振ってまかりとおる閾値論

ところが「頚椎捻挫・速度」での検索数が多いことでもわかるように、現在においても、閾値論は大手を振っているようです。ぼく自身、閾値論に基づいた鑑定書の実物を何年か前に見たことがありますが、事故解析共同研究会の研究調査結果についてまったく触れられていませんでした。工学的な難しい話はぼくにはわかりませんが、自社の調査結果や外国の研究結果に言及していたものの、事故解析共同研究会の研究調査結果に一切触れないのは異様なことです。ぼくと同じような感想を抱いていた弁護士もおられて、ブログでこのように述べられています。

上記の研究は,低速度衝突によるむち打ち損傷に関する最近のもっとも重要な成果であって,その研究結果をふまえない鑑定ないし意見は,現在では,およそ信頼に値しない。

自賠責実務では今も閾値論にご執心である

閾値論はすでに過去のものになっているし、なっていていいはずなのだが、今だに閾値論に基づく工学鑑定書が幅を利かせているし、示談交渉時もそうだ。そのもっとも大きな理由は、自賠責実務が閾値論にご執心だからである。

ただし、これはある意味止むを得ないかもしれない。ぼく自身、追突事故にあったことがあるが、それはいわゆる軽微追突事故だった。コツンと当てられて、バンパーがへっこんだ。追突されたとき、何かが当たったことがわかったが、それ以上のものではなく、ぼくの首に異常などまったくなかった。閾値論を否定してしまうと、こういうケースも自賠責は補償の対象にしなければならなくなる。だから、どこかで線引きが必要になる。迅速な対応を旨とする自賠責ではやむをえないのかもしれない。財源の問題もあるだろうし。

【16・12・27追記】
この記事の(つづき)を書いた。「むち打ち損傷に関する工学鑑定について」
 
【17・06・16追記】
ある行政書士さんが、ぼくのこの記事に基づき、自賠責に事故との因果関係を認めるべきとの意見書を出されたようだ。そのため、自賠責の対応について加筆した。詳細については、関連記事中の「むち打ち損傷の発症時期と事故との因果関係」で説明済みである。
 

コメント

    • 湯田徹
    • 2017年 4月 17日

    駐車場でバック時,原告がクリープ現象を利用して数cmずつバックしていたところ,被告の車両に接触しました。被告は整骨院,病院に通っています。バンパー同士の接触の為,原告被告の車両には全く傷はありませんが被告は車両のバンパーを交換そして病院,整骨院へ通い保険屋さんから料金がこれだけ掛かったよと言って40万以上の請求が来ておりますが,これは全部保険で支払っております。整骨院,病院の支払いはまだ続くようです。
    このような件について原告は被告に裁判を起こす事は可能でしょうか?保険屋さんは被告が「起訴」「不起訴」がどうのこうのと言っておりますが,原告はさっぱり意味が分かりません。事故はH29.1.17で,今のところ原告の身辺は何も起こっておりません。以上ご指導のほどよろしくお願いします。

      • ホームズ事務所
      • 2017年 4月 19日

      湯田徹さん、コメントありがとう。

      原告・被告ということばを使われていますが、すでに裁判をされているということでしょうか。

      >このような件について原告は被告に裁判を起こす事は可能でしょうか?

      可能ですよ。受傷と事故との因果関係がないとして、債務がまったく存在しないあるいはここまでは認めるがこれ以上の債務は認めないという裁判です。保険会社が一時期よくやっていたし、今もやっているのではないでしょうか。湯田さんが前面に出るよりも、保険会社に任せておいたらいいと思います。

      当該記事は、いわゆる閾値論否定の記事ですが、誤解されるといけないのでこの場を借りて申します。ぼくも車に追突されたことがありまして、後続車がいるなあと思っていたらそのうち、後部バンパーにコツンと当てられた。バンパーがちょっと凹んでいましたが、運転席にいたぼくにはほとんど衝撃らしいものはなかったです。もちろん首も大丈夫(苦笑)。とくに身構えていたということもありませんでした。

      加害者の女性が助手席にいる子どもに気をとられていて・・・とか弁解していましたが、もうメンドーくさいので謝罪だけで許してあげました。したがって、いわゆる軽微事故で首が痛くなったり、それが長期化するのはやはりふつうはないのではないかとぼく自身は思っています。しかし、自分のわずか一度の経験を一般化もできないし、いわゆる閾値を設けて一律に事故との因果関係を否定するのはやりすぎだろうと思っていたのが当該記事を書いた動機です。

      このように、時速15㌔以下ではむち打ち症にならないという閾値論は否定されていますが、その逆は真ではないということです。すなわち、閾値論が否定されたからといって、時速15㌔以下でも必ずむち打ち症になるわけではないということです。ここは肝心要のところなので注意的に書いておきました。したがって、損保が閾値論に基づいてむち打ち症にならないと主張してきたときは反論できますが、それとは別に、むち打ち症になったことを立証する必要があります。

      話が飛びましたが、とくに相手からの要求もいまのところないようだし、ここは保険会社に任せてご自身は静観されていたらと思いますが。

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ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ

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その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にする。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。よろしくです。

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