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交通事故にかかわる分野はいっぱいある
交通事故にかかわる分野は多岐にわたる。たとえば事故の原因を探ろうと考えたら、交通事故鑑定の最低限の知識が必要になるし、過失割合や賠償の範囲を知ろうと思ったら、道交法や民法、自賠法、保険法の知識も必須である。事故で死傷しているなら、医学的な基礎知識もひととおり知っておきたい。
それだけではまだ足りない。運転者はどういう心理状態で交通事故をやらかしてしまうのか、交通心理学の知識も必要になることがあり、それがないがために、事故の真相に迫れないことがある。また、事故当事者のいわゆるヒューマンエラーにしか目がいかない人が多いが、道路環境や車のメカにまで目を向ける必要がときにあるかもしれない。
これまでに購入した本の中で、特に役立ったもので、現時点で入手可能なものに限定して紹介してみたい。
事故調査に役立つ本
当事務所では交通事故鑑定をやるだけの能力に欠けているためこの分野は扱っていないが、事故現場や事故車の確認を実施するうえで、「証拠」の保全が欠かせない。そのためには事故鑑定の最低限の知識がどうしても必要になる。
あるいは、世に出回っている鑑定書の真贋を見極めることなど私らにはできない相談だが、疑問を抱く程度のためにも基本的な知識は必要である。
「実用自動車事故鑑定工学」
林洋氏の代表作。私も記事を書く上で大変お世話になっている。現場調査の定番教科書。現場の着眼点、車の破損などから工学的に事故状況を再現する。過失割合で争いになったときの強力な武器になる。次に紹介する江守本が理論書なら、こちらは実用書という違いがある。
「自動車事故工学―事故再現の手法」
江守一郎氏の代表作。新版(と言っても1984年)が出ているが、高くて買えなかった。これも定番教科書のひとつである。
「事故を再現するにあたって一番始めにすべきことは、非常に常識的に事故の態様を頭の中に描き出すことである。この本にある力学的計算は、正しい衝突態様が確立された後に細かい詰めをする段階で初めて役に立つ」
「自動車事故とその調査」佐藤武著
交通事故によって生成される各種痕跡を理論的、体系的に述べてある本は、後にも先にもこの本のみと言われている。
「事故解析技法」
旧版(平成元年)を持っている。新版(平成20年5月改訂版)は5250円。この本でいちばんすごいと思ったのは、軽微物損事故の実験が豊富なこと、すなわち、バンパーの破損・へっこみ具合から加害車両の速度を推定する実験結果がたくさん載っていることである。なお、自研センター発行の本は一般書店では入手できないようだ。ネットで専門店から入手可能である。
「バリア衝突実験写真集」
側面擦過衝突や偏心ポール衝突、車対車側面衝突、車対車フルラップ追突などの多様な衝突条件での実験結果が掲載されている。事故車の傷をどう評価するのかを知るための必須の文献だと思う。ただし、一次衝突事故のみ対応。3150円。
「安全運転の科学」牧下寛著
調査の基本概念である制動距離とか反応時間とかを改めて考えてみるきっかけになる本。
裁判でも引用される有名な調査がいくつかあるが、いずれも実験によるもので、被験者は、「発見」することを当初から予期した数値である。が、実際の交通事故は予期しないで起きるのだから、この調査数値は実際とは違うのではないかという批判がある。私の実感では倍くらいは違うのではないだろうか。
個々具体的な事件の適用例については、林洋氏や江守一郎氏の本が参考になった。ここではそのうちのごく一部を紹介する。
林洋氏の実践編。
同上。
江守一郎氏の事故調査
過失割合・賠償の範囲に役立つ本
代表的なものだけを挙げた。
別冊判例タイムズ38号 (民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準全訂5版)。
過失割合のバイブル本。東京地裁編集。
以下の記事は判タで解決できない事例を集めた。
「損害賠償算定基準」
通称「赤本」といわれているやつ。弁護士会の編集。弁護士会編集には別に「青本」があるが、挙げていないのはたんに持っていないからである。上下分冊になっており、下巻は講演が収められており、記事を書く上で参考になる。
「概説交通事故賠償法 第3版」藤村和夫他著
自賠責の国際比較が載っているのがいい。国際比較は以下の記事で紹介した。
「基礎から分かる交通事故調査と過失の認定」(互 敦史著)
「信頼の原則」「速度大幅超過事故」とかで記事を書いた際に、たいへん参考になった。
「寄与度と非典型過失相殺」
古い本だけれど、判タの過失割合本に載っていない非典型事故の過失割合を考えるときに強力な武器になる。「バスの乗客の事故」「ドア開放事故」「後退車両事故」「駐車車両事故」「共同不法行為事故」「作業中の事故」「道路瑕疵による交通事故」。弁護士さん、買っといたほうがいいよ。
「道路管理瑕疵判例ハンドブック」
道路環境にどのような欠陥や不備があれば道路管理者への責任追及が可能になるかです。これは、具体的なイメージがないとなかなか思いつかない。つい、うっかりして見逃してしまいがちです。
保険を知るのに役立つ本
以下の3冊があればたいていのことは足りると思う。
「自動車保険の解説」(保険毎日新聞社)
自動車保険ならこれが定番。自動車保険でわからんことがあったら、この本をみればいい。
「損害保険の法務と実務」
リーディングカンパニーである「東京海上」の出版物。まずは「相手」のことを知ろう。
自賠法条文の解説書。
後遺障害を知るのに役立つ本
後遺障害についての本は別記事(「後遺障害を知るために読むべき本」)に書いたことがある。詳しいことはそちらの記事に譲り、ここでは基本中の基本書だけの紹介にとどめたい。
ただし、精神疾患に関する本の紹介がまだだった。外傷性になじまない疾病性の傷病は、事故との因果関係を立証するうえでもっとも難しい事案である。私がこれまでに読んだ精神疾患に関する本の中で「よかった」本・読まないと先に進めない本を紹介したい。
「労災障害認定必携」。
労災の後遺障害等級認定ガイドライン。
〔改訂版〕後遺障害等級認定と裁判実務 -訴訟上の争点と実務の視点
後遺障害をやるのだったら、これは必読書である。ひととおりのことが書いてあるし、参考文献の紹介も熱心である。以上、ふたつは基本中の基本の書。
ただし、この本に限らないが、ここの著者たちはいわゆる保険会社側の弁護士ばかり。その点は注意してほしい。事故被害者の立場とはいえないからである。が、しかし、私も保険会社側にいた人間なので、逆の視点というのにどうしても欠けている。事故被害者側に立つといいつつ、受けた教育が損保寄りのため、自分が色眼鏡でみている事実がある。それがどんな「色」なのか客観化するのがむずかしい。そこは反省している。
「後遺障害入門―認定から訴訟まで」
上に紹介した弁護士本をたぶんに意識したつづき本。すなわち、高野本に載っていない遷延性意識障害とかPTSDとかを積極的にとりあげている。
「DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引」
精神疾患の診断基準本。が、こちらはダイジェスト版である。ダイジェストでないほうは高くて買えなかった。
「精神疾患診断のエッセンス―DSM-5の上手な使い方」アレン・フランセス
5DSM-4の監修者だった人(アレン・フランセス)のDSM-5使いこなし本とその限界を示した本
「〈正常〉を救え 精神医学を混乱させるDSM-5への警告」。
上と同じ著者。
DSM-5の「過剰診断」問題。
「看護のための精神医学 第2版」中井久夫
交通事故との因果関係で問題になるうつ病やてんかんなどの外因性精神病が詳しく説明されている。
「認容事例にみる後遺障害等級判断の境界-自賠責保険の認定と裁判例」
裁判所と自賠責の判断の齟齬を通して、ブラックボックス化している自賠責判断基準のヒントを与えてくれる本。
羽成守・藤村和夫著「検証むち打ち損傷-医・工・法学の総合研究-」
むち打ち損傷で、軽微な事故を理由に事故との因果関係が否定されることが多い。いわゆる閾値論である。その反撃の書だ。また、工学鑑定を使った、因果関係否定も多い。そういうときにこそ、この本の出番である。
交通心理学に関する本
「歩行者 人動車 道―路上の運転と行動の科学」牛生扇著
他にもいくつも類書があるが、この本のすばらしいところは、調査研究の宝庫みたいなところ。
番外編
いいもわるいも特殊分野の本なので、これをしかないという本。
「裁判例にみる交通事故物的損害 全損 第3集。海道野守著
全損になったときの、車両購入費用とか、残存車検費用とか、登録費用とかの判例による扱い方。
「加害者・被害者のための自動車・物損事故解決のしかた―保険と過失割合算定方法がよくわかる本」海道野守著
上の3著の著者・海道野守氏が一般向けに書かれた物損請求書。古いが、わかりやすくてすごくいい本である。記事ネタにも何度か参考にした。
「2021年版 損害賠償における休業損害と逸失利益算定の手引き」斎藤博明著。
休業損害分野の唯一の本。毎年のように改定されている。ここの先生は休業損害だけでなく、実は休車損の調査もやられていたから、休車損の本も書いていただけるとありがたいのだが。損保寄りの本だね。これ。
労災や社会保険との架橋
「改訂版 交通事故が労災だったときに知っておきたい保険の仕組みと対応」後藤宏他著
コンパクトにまとめられている印象だが、損保寄りの記載が多いような。
「職業・年齢別ケースでわかる! 交通事故事件 社会保険の実務」中込一洋著。
交通事故で社会保険にかかわりそうなことはほとんど触れていて、ああ、こういうのは知らんかったと、大変ためになった。
心に残った本
心に残るかどうかはその本のすばらしさにもよるが、読者の世界観とか価値観とかと共鳴し合わないと成立しない。だから、ここで取り上げた本の中には、なんだあんな偏向本というのもあるかもしれない。
「交通死―命はあがなえるか」二木雄策著
交通死亡事故による生命をカネにかえることの理不尽。
「加害者天国ニッポン―交通死・重度後遺症被害者は告発する」。松本誠著。
この本は記事を書く上で参考になることが多かった。ぜひ、一読してほしい。